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嫁姑

久しぶりの涼しい日。
やや疲れモードなので、編み物をしながら(一向にミシンを踏んでいません・・・)テレビをかけています。

かかっているテレビ、ノンストップで嫁姑を取り上げていましたっ
この問題古今東西ずっと存在する問題なのでしょうか・・・・・その内容にちょっとビックリ

最近は息子夫婦が規制するのではなく、姑さんが息子夫婦の家にやってくるというパターンも多いとか!
----「姑襲来」という表現!

※テレビではシュウトへの言及なし

番組によると、姑が家に来る時に嫁の側の面倒・第1位が「存在自体」だそうです!

・・・・コレ考えさせられます。
だって、姑の存在が無かったら夫はいないのだから・・・・!?

逆に姑の意見もスゴイものがあって、家政婦じゃないとか、年寄りは我慢・・・など様々。
姑側の「嫁よ、言葉の裏の意味を知れ」という言葉が紹介されていて、「何もしなくていいわわ」は「何かすることないかと聞け」と言う意味だとか・・・。

へぇ~そうなんだぁ~と今更ながら感心しました。それにちょっと怖い!

私個人は「空気を読む」とか「言葉の裏」はわからないので、姑ともかなりストレートな会話をしてきました。
はじめて会った頃は「単なる知り合い程度の知識しかない」のに夫の母だから仲良くはしたいという不思議な気持ちですが、現実に結婚(私は同居家族になりました)となると、それなりに面倒や難しい事も有りました。

家庭や子育てのことなどを、話し合ったり、割り切ったりしなくちゃいけない現実があります・・・。

結婚当初は私も姑も若くてぶつかること数知れず・・・でした(-_-;)
結構もめたのがお風呂の順番とか、洗濯干し場といった些細なこと。
(当時の家の設備的が不十分だったし、赤子の世話が忙しく合理的にしたい私が義母の生活への配慮を欠いていたこともある原因だったかも)


だけど、年月を重ねていくと、お互いの違いもよく理解できるようになり、姑は良い理解者になり、親友のような存在に変化していきました。
お互い不満がゼロにならなくても、理解できるようになり特別な愛情で結ばれていたと思うのです。
(時間はかかるけど夫婦だってそうだし)

今日はテレビを見ていて、夫婦ごと・家族ごとにいろいろな形があってもいいから「存在自体がイヤ」なのでなはく、もっとフラットに付き合えたらいいのになぁ~と思ったりしました。
・・・・現実は、なかなか難しいのかなぁ~。最初から上手にできませんでしたし。

嫁をしてきて20年にならない頃姑(義母)が亡くなってしまい今は嫁姑関係がなくなりました。
もう嫁になることはないと思いますが(息子がいますので)いつか私も姑になるかもしれません。

その時は良い関係でいたいなぁと思いますが「存在自体がイヤ」と思われちゃうのかなぁ~さびしいなぁ~
・・・・・その時はまた悩んだり気をもんだりするのかなぁ・・・

嫁というと、「家に嫁ぐんじゃない」という考えもあって、昔は私も漠然とそう考えたことがありました。
なんか家庭の事情で若い新婚生活を犠牲にしていくような気がしたりして、すごくさびしく思ったり。
今振りかえると、時間なんてどんどん過ぎていき、みんな年を取るし・・・新婚時期なんてすぐ終わっちゃうし、その後の結婚生活は長く続くものだし、みんなが気持ちよく生活して仲良くできればそれがイイだと思います。

今は昔ながらの家制度とは異なっているので、もう少し軽く考えてもいいのかなぁ~という印象はずっと持ってきました。

一方で、愛情の面でいえば親(姑)が子供(夫)を愛してきたことを、妻が引き継げたら幸い。
夫を通して義理の親子になるのですが、夫は取り合うものでもないし、分け合うものでもないし。
みんな仲良くがやっぱり一番幸せなのだと思うから。
(実際数年たつとどうでもよくなるし・・・。それと孫も同じで。)

「存在自体プレッシャー」・・・・いつか私にその機会があったら、息子の妻にそういわれない姑になりたいなぁ~


勝手な読み方ですが、嫁と姑の漢字。
姑は古くなり、嫁に家を譲るのかも・・・・。
だけどバトンはすぐには渡されなくて、時間がかかるのかも。
なんかすごく日本的??

終わってしまったけど不満ばかりじゃなかった嫁姑生活。
なんか懐かしいです。


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