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学校、親、そして子どもの教育って

学校でいじめられたという少女の自殺を伝えるニュースがテレビで伝えれています。
本当に悲しい事件だと思います

学校は本来子どもに教育を施す場所ですので、当然安全に通える場所であるはず。
子どもはたくさんの時間を学校ですごすので、「学校生活」ともいいます。

「いじめはあった」「いじめはなかった」
・・・・私は、これだけが問題ではないように思います。

子どもの声、子どもの存在をかき消すかのような騒音が、すでに学校教育に存在していることが根本のようなきがしてなりません。

理不尽に教師を攻めるモンスター的な親があれば、学校は教師を守る立場に変わり、普通の保護者も含めて、保護者一般と学校との間に溝が生まれてしまいます。

親もわが子のこととなると理性を失いがちですし、先生も万能ではありませんから、何十人もいる生徒とその両親の中には、苦手な人も存在するでしょう。そもそもいろいろな感情があるのも当然です。

いじめる子の保護者、いじめられる子の保護者、教師、学校、・・・それぞれが立場で物を言うから、全部が混線状態になり、そうするうちに いつの間にか、子ども自身も子どもの声も姿も見えなくなってしまうのではないでしょうか。


ならば原点に戻り、教育(特に今考えたいのは義務教育の部分)は誰のものか。
誰が考えても、それは子どものためとすぐにわかります。

親も、教師も、学校も、おのずと目的もゴールも同じものになるはずです。(※学力レベルの話ではなく)
ここは手に手をとって・・・となれるのではないかと思うのです。
-----しかし私の経験では、これは理想でしかありませんでした。
また、子どもを守る手立ては、何でも親の側から出さないといけないことも痛感しました。


危険を感じたなら子どもを学校に通わせないこともアリです。特に今の時代はアリです!

親世代、祖父母世代の子ども時代とは、いろいろなことが違っています。
子どもをとりまく環境も、子どもたちの関係も、受けている圧力も、もしかしたら耐久性も・・・・。


もしお子さんの中に、学校に行きたがらないお子さん、いじめを受けているお子さんがありましたら、ゆっくりゆっくり話を聞いてあげて欲しいと思います。

傷ついている子どもがその時必要としているのは、安全が確保されている環境だからです。
子どもに対しては、100パーセントの信頼と、安心感を与えるように接することは、何よりも大切だと感じます。


教育の中心は子ども

されど 学校よりも 子どもが大切。   教育よりも 命が大切

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