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残酷な原発

原発事故から4か月半立ちますがまだ収束に至っておらず、放射線量の高い環境で日々作業が続いていると報じられています。

すでに限度量250ミリシーベルトを超えた作業の方もおら、100ミリ・50ミリシーベルトを超えた方も大勢おられるとか。

今回の事故処理をするだけで、大勢の方がすでにとてつもない被爆をされているのに、さらに続くこれからの作業が必要で、被ばく限度を超えた作業員に代わる技術者が数千人も不足してしまうという。

「原発安全」という言葉を刷り込み、わたしも疑ったことすらありませんでした。
事故後、知ればあらゆる抗う力をなぎ倒して推し進められてきた政策だったようで、今でも九州電力や中部電力ではヤラセまでして推進したいという意向を社会にしめしています。(もちろん会社の利益にかかわるので活用はしたいのでしょうが、この体質には違和感を感じている方も多いようです)

先日は生涯100ミリシーベルトの被ばくを超えると健康を害する恐れがあるとの事でしたが、それを守れない人だってたくさん出る可能性があります。

事故が起きれば、作業員が膨大な被爆をする。住民は何の情報もなく被爆させられ、場所によって土地を追われる人と、避難させてもらえない人とがでて、広大な土地が汚染され、汚染された食物を多くの人が食べさせられる。・・・悲観的な想像をすると、いつか病気になったり、死んだりするかもしれない。

原発は非常にたくさんの犠牲の上に成り立っている「安全」なのだと、この事故で初めて知りました。
それでも、原発をやりたい人には「大きな力」があり、反対する人の声をあらゆる公の場所からねじ伏せ、社会的に殺そうとしているように見えます。

「大きな力」は私たちの見えないところでジワジワ締め付けてきて威力を発揮していますので、原発はこれからも動くかもしれません。「危ないからイヤ、怖いからイヤ」なんていう主婦の声は「病人のたわごと」にされています。

「力」は正しく用いこそためになりますが、正しくなければ害になるやもしれません。
多くの人を恐怖と不安に投げ込んだ事故をしても、事故前と同じやり方で「安全」を連呼し刷り込み、推進しようとする。あまりにも人を無知と見て愚弄しているようです。そしてなお、この大きな力には何をもっても抵抗できないだろうと大手を振っているようにも見えます。


・・・・・・・(これらは私の想像上のイメージですが)もはや言葉を失います。








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