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[C884] Re: official language

コメントありがとうございました。
英語圏では片言でも通じるのですか。なるほど。

英語は私はちんぷんかんぷんです。

息子は子供のころからやってきましたので、私よりわかります。
英語の講演会などを聞きに行くと、息子は先に反応し、私は通訳が入るまで何も理解できません。

同じ話を聞いているのに後で息子と話し合うと、英語・日本語のどちらを聞いているかで微妙に伝わっていたニュアンスが違うんですよ。

言語って面白いですね。

使うことの大切さと、教育のたいつさ、よくわかりました。
息子も時々外国の方と話をしていますが、会話を理解できても、タイムリーに発言するのはまだ難しいといっていました。

ありがとうございます。

  • 2011-10-07
  • 投稿者 : まめまめまめこ
  • URL
  • 編集

[C883] official language

英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっている環境で生活していれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしそのものが成り立たない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境が整わないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

日本人は、国連中心主義が好きなようだ。
国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。
議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

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駅前はやっぱりNOVA

駅前演説のNODA総理が「駅前留学はNOVA」と言っていたのは記憶に新しいですね。

そこで改めて英会話スクールのNOVAに注目してみました。

だって国際的な社会では英語は絶対必要なスキルではありませんか!!
私の時代ではまだ・・・と思っていましたが、そうでもないんですよ
40代といえば働き盛り。社会の最前線ですからやはり英語が必要なのです。

NOVAには長い歴史と実績がありますが、最近のNOVAにはさらに注目の理由があります
※NOVAが選ばれる理由が公式ホームページで紹介されていて、おぉっと思ったことを書いてみます。

◆講師はすべてネイティヴの講師&少人数制

言語習得はやはり聞くことからスタートしますから、ネイティヴの発音は基本です。
次に発言の機会もないと実践練習ができませんから、少人数制というのは理想な気がします。

反訳ぐせをつけないダイレクトメゾット(直接伝授法)により、日本語に訳さず英語のまま会話をしていく方法をNOVAでは短期間で身に着けられるように教えていただけそうです。

日本の学校英語では、なかなかしゃべれるようにならなかったのは、いつも日本語に訳しすことが習慣になっていたからかも・・・・。

私の息子はネイティブの先生に学んできましたが、英語で聞いて英語で考えないと普通の会話についていけないのだそうです。なるほど。


◆安心の「月謝制」

これすごくないですか? 画期的だと思いました。

子供ならともかく、社会人になって英語を学ぶとなると、仕事の状況如何では通いにくい時期がある可能性もありますし、初めて習う方だといつまで続けられるか不安という場合も・・・・?
そんな時も月謝制なら安心ですね。

さらに常識を覆すような新プラン! 10.000円ポッキリ留学登場です
※月5回グループレッスン月謝・テキスト・消費税含


ほかにも自由度が高くレッスンプランを立てられたり、お茶の間留学で24時間のレッスンが可能になっていたり、なんと英語以外の言語も学べたり・・かなりの充実ぶりっ

詳しくはNOVA公式サイトにてご確認をhttp://www.nova.ne.jp/


          nova






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2件のコメント

[C884] Re: official language

コメントありがとうございました。
英語圏では片言でも通じるのですか。なるほど。

英語は私はちんぷんかんぷんです。

息子は子供のころからやってきましたので、私よりわかります。
英語の講演会などを聞きに行くと、息子は先に反応し、私は通訳が入るまで何も理解できません。

同じ話を聞いているのに後で息子と話し合うと、英語・日本語のどちらを聞いているかで微妙に伝わっていたニュアンスが違うんですよ。

言語って面白いですね。

使うことの大切さと、教育のたいつさ、よくわかりました。
息子も時々外国の方と話をしていますが、会話を理解できても、タイムリーに発言するのはまだ難しいといっていました。

ありがとうございます。

  • 2011-10-07
  • 投稿者 : まめまめまめこ
  • URL
  • 編集

[C883] official language

英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっている環境で生活していれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしそのものが成り立たない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境が整わないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

日本人は、国連中心主義が好きなようだ。
国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。
議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。

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